家主さん2
やぬさんは何にでもなることができた。
ご飯屋さんはご飯を作ってくれる。お風呂屋さんは私の髪と体を丁寧に洗ってくれる。
私が一番好きなのは、抱っこ屋さんになったときのやぬさんだ。
やぬさんの膝に座り、首に手を回す。頰と頰をくっつける。やぬさんの髪からは、汗と煙草の匂いがする。
「ゆこさん、今日の抱っこはどうですか?」
「とてもいいです。やぬさんの抱っこは世界一です」
体が大きいやぬさんに抱っこされていると、まるで自分が小人になったように思える。
「ゆこさん、抱っこ終了です」
「もう終わりですか」
「終わりです。僕は煙草を吸います」
お土産のキャスターマイルド5ミリを、やぬさんは嬉しそうにニコニコしながら吸う。
窓を開けて吸わないから、ワンルームマンションの隅々まで煙が満ちる。
私もやぬさんの吐く煙に包まれる。やぬさんの匂いが自分に染み付くことが嬉しい。
私はやぬさんの膝に座る。
「抱っこ屋さんの延長はいくらかな」
「仕方ありませんね。特別に無料です」
毎日やぬさんが作るご飯を食べ、一緒にテレビを観て笑い、手を繋いで眠った。
朝になるとやぬさんが洗濯してアイロンをかけてくれた清潔な服を着て、仕事へ行った。
やぬさんには私しかいなかった。私にはやぬさんしかいなかった。